キナバル山 スペッシャルW


        ロウズ・ピークの盛り上がりは、槍ヶ岳の先端のようだ。ただ、遠目に見るほど傾斜は厳しくない。大岩小岩が不定形に積み重なっているので、よいしょ、よいしょとステップ゚を運んでいける。それに白いロープがもっとも登りやすいコースを誘導、かつ安全確保してくれるので、ロープに従って登ると、見た目ほど困難て゜はない。中国人の児童二人も父親にリードされて登っていた。日本人の年輩の女性は、こちらと目が合うと、「もうフラフラですよ」と言って笑いながら登っていた。フランス人もいて、私の登る姿のカメラを押してくれた。同室た゜ったスウェーテ゜ン人のカップルもしっかり先に登っていた。この先端部の盛り上がりは40メートルくらいあるかもしれない。夜明けの茜色の光に押されるように黙々と登る。
午前6時5分、登頂した。ラバン・ラタ小屋を出発してから、ジャスト3時間だった。ラバン・ラタ小屋から標高差、675メートル、距離約3キロメートルであった。登山口からの標高差2200メートル、総延長距離約9キロメートル、1泊2日間の通算歩行時間、9時間であった。
山頂には二つの標識があった。一つの緑色のものは、ロウズ・ピークの標高を記したもの。もう一つはラバン・ラタ小屋より100メートル離れたところに立つ宿舎の名前、グンティン・ビン・ラガダンである。この人はマレーシァ人として初めてこの山に登った人物であると聞いた。標示には、その生誕と没年が書いてある。この二つの標識は取り外すことができて、写真のポーズを決められる。この背後が正真正銘のピークの先っぽで、人が数人立つのがやっとこさの広さしかない。槍ヶ岳の頂上よりもずっと狭く危険。断崖絶壁である。ふらついて落ちる人があると見えてワイヤが張ってあった。数百メートル下までえぐられたカ゜リー(渓谷)。ゾクゾクするような高みである。
同じような時間に出発してトップを目指すから同じような脚力の者は、だいたい似たような時間に到達する。したがって狭いトップは満員だ。交代に記念写真をとりあう。見ず知らずのフランス人にカメラを渡してとってもらったのが、左の写真。彼はこの前にうっかりカメラを下にしたまま押してしまい、それを何度も謝った。疲れてふらつき気味だったらしい。昔、フランス映画で見たようないい男である。同室だったスウェーデンのカップルは余裕をみせて下山していた。
           上の右写真はキナバル山頂からの夜明けの風景。朝日を浴びたキナバル山の影が西側の雲に濃く投影されている。「影キナバル」。美しい自然の造形。影の下はおそらく南沙諸島が浮かぶ南シナ海であろう。
上の左写真は、太陽が雲に隠れた東側の風景。キナバル山の武骨な稜線が水墨画のように白と黒のグラデーションで眺められる。まことに気宇壮大、幽玄なる早朝のキナバル朝靄風景である。こういう風景を眺めると、世俗のたいがいのことは、取る似たらない、些末なことと思えるから、山登りの精神に与える効用は意義深い。
左の写真、公園本部が発行してくれる登山証明書。ガイドの名と公園監督官の名とともに登山者の名前がタイプ打ちされて渡される。ウツボカズラ、ラフレシアの図案もうれしい証明書。2リギット。未登頂者には希望すれば、モノクロで別図案の、到達した地点の標高を記入した証明書を発行してくれる。登山の良い思い出として額装して飾るのにふさわしい。これもまた日本の山では見られない遊び心である。
    
キナバル公園本部からクルマで30分、硫黄泉で知られるポーリン温泉がある。旧日本軍が占領統治のころに発掘したのが始まりとか。今では、タイル張りの個槽や大勢が入れる浴槽がいくつかある。温泉と水道水の蛇口があり、自分で温度調整をしつつ入る。野外バスタブのような仕組み。熱帯雨林の濃い緑の森まのなかで登山の疲れをいやす。水着着用。希望すれば、そうでない個人浴槽もある。その場合は費用個人負担。この温泉につかる前にキャノピーウォークといって、植物観察、野鳥観察など用に作られたという樹冠上の吊り橋がお楽しみ。もつとも高いところでは、高さ40メートルのところを靴幅くらいの板の上を歩く吊り橋がある。冷や汗を流したあとの温泉ということか。別にロック・プールというのがあるが、こちらは温泉ではないようだ。
白人の男女か゜プールサイドで日向ぼっこしていた。ビキニが濃い緑の中で目立っていた。

ラフレシアは地上最大の花。これはキナバル公園本部にあるシンボル看板。あまりの大きさに笑ってしまうが、ご覧の通り絶好の記念写真の場。実際のラフレシアは、なかなか現地でも咲くときがわからず、遭遇するのは、まさに千載一遇のこと。
大小2種類あり、大は直径1メートル以上。小は4、50センチくらいとのこと。なにより開花時期が特定されない、つまり花時がない。いつ咲くかわからない。咲いても4日から7日くらいですぐに枯れてしまうという。咲いた花があればニュースはたちまち広がり、見物料を取って見せる、ということになっているようだ。登山行で、このような花を見る機会に会えば、それはほとんど奇跡的に幸運と言うことになるだろう。登山証明書にあるウツボカズラの方はサイズを問わなければ、見ることは容易である。
左の写真はキャノピーウォークウェイである。総延長150メートルくらいある。キャノピーとは樹木のてっぺん樹冠のこと。なんでこんなところに、やっと1人が通れるほどの吊り橋を作ったかというと、どうしてもジャングルは仰ぎ見るものになってしまう。それて゛は、高木の密集したところで棲息する動植物の生態観察ができないので作ったものらしい。ポリエステルのロープを頑丈なワイヤで幹から幹につなぎ、左右にもネットを張ってある。マキシマム6人と書いてある。歩くと揺れる。足下は木の上。遠くのムラの景色が見える。すぐ慣れるが、怖い高度感は、山登りよりも
きつい。キャーキャー騒ぐ女性の声が森にこだました。
左の写真はしっかりロープを掴んで離さない筆者である。山登りを趣味にしているが、本当は高所恐怖症で、手すりがない吊り橋や板を渡した橋なんか全然渡れない。かつて十津川の谷瀬の吊り橋のような厳重に庇護された吊り橋でも、その高度感に震えて渡り切れなかった。屋久島の小杉谷にかかるトロッコ鉄橋も渡りきれなかった。数々のマイナス歴があるにも関わらず、今回渡れたのは、ひとえに左右の手が届く極々、狭い間に手すりがあるからであった。ソロリソロリすり足で歩いたのは言うまでももなく、とても動画ではご披露できる写真ではない。


                   おわり  inserted by FC2 system